遠いようで、近い話

何かを"面白い"と思えることは大事らしい。この"面白い"は、お笑い番組を見てゲラゲラ笑うようなことではなくて、ガリレオの湯川先生が「実に面白い」って言っちゃうようなこと。つまりは、interestingなこと。

何か、っていうと漠然なので、「勉強したこと」、「授業で知ったこと」に置き換えてみる。
ただただ話を聞き流すだけじゃなくて、何か面白いなって思えること。それについてたくさん考えたり、調べたり、そうやって学んでいくのだと思う。


時に、興味を持てないこともあるだろう。それはアンテナの張り方の違いによるものだから、しょうがないと思う。でもアンテナがたくさんあればあるだけいいと思う。どうやったらアンテナが伸びるか、まだまだ不思議なのだけれど。

 

何か、は「社会の出来事」にも置き換えられる。
でも、社会の出来事だと、"面白い"じゃない感情を抱くことの方が多いのかもしれない。かわいそうとか、こわいとか、ひどいとか、遺憾だとか、社会の出来事なんでそんなことばっかり。そういう感情って、もしかしたら無関心と紙一重で、その感情から先には何も変わらないんじゃないかなあ、と思う。
"面白い"というには不謹慎なことももちろんある。でも関心を持っている人は、心のどこかでは、その出来事を知ることでワクワクする感情があって、考えたり、調べたりしている気がする。

 

この"面白い"アンテナ、これもある意味「社会学的想像力」だと思う。
前提の話を避けて、書きやすいところから書いた結果、意味が通じるのか不安になってきた。きっとそのうち詳しく書きます。

 

さて、5月が終わる。結局まだ前に進めてない。1歩。なにか1歩を踏み出す。来月の目標。